カルト幹部体験記 第23話 広がってゆく世間との感覚のズレ(その3)
- Shannon N. Smith
- 2017年12月8日
- 読了時間: 4分

(第1話はこちら)
「Wさん、お子さんいらっしゃるって言ってましたよね。おいくつですか?」わたしは言う。
「えっと、3歳だけど。それが何か?」彼女の声は少し苛立ちを含んでいる。
折伏(勧誘)を始めて2時間近く経っている上、彼女はわたしの、仏法を試さないか、との提案を二度断っている。にもかかわらず、こうして話を続けるわたしに対して、嫌悪感を覚え始めているようだ。
わたしは、気にせず続ける。「ということは明らかにお子さんの人生は、お母さんであるあなたの決断に左右されるということですね」
彼女は、だから何、という表情を浮かべる。
「お子さんのためにも繰り返し言いますが、いまの日本は本当に危機的な状況なのです。もしそれがピンと来ないのでしたら、あなたは完全に『火宅に遊ぶ子』です」
(火宅に遊ぶ子とは、周りが火事で死にそうな状況なのにそれに気づかないでおもちゃで遊び続ける子ども。目の前の危機を察知していないという意。)
彼女は眉根を寄せる。
「それはそれで仕方がありません。日本全体がそうですし、教育の根底にある視点がそうですから。ただ、いまのあなたはもう、知りませんでした、で済まされる状況ではありません。わたしはあなたに、特に地震に関してはデータをもって示しました」
「まあ、たしかに……」。彼女はようやく少し口を開いた。
「はい。なので、いま、この場で地震が起きてもおかしくないってことくらいわかりますよね?」わたしは詰問する。
「うん」。彼女は気おされたように頷く。
「そして、ここでわたしが提案しているのは、仏法を一回試してみよう、ということだけです。別にお金を払えとも、一生信者になれとも、言っていません。もし本当だったら地震であなたが助かるのみならず、お子さんも助かるのかもしれない方法を、とりあえず知っておきましょう、と提案しているのですよ。わかります?」
「一応」。わたしの体験を話したときに見せた彼女の目の輝きは、すでに失われている。
「あなたは本当にお子さんのことを大切に思っているのですか?」
「もちろん」
「では、お子さんのためにも一回試してみましょうよ」
彼女はうなだれると、大きなため息を吐いた。「いや、それは……」
「いや、それは、と言いますと?」わたしは詰め寄る。
「やっぱり宗教は……」
「何か特定の信仰でも持っていて、他の宗教をやってはいけないとかあるのですか?」
「それはないけど……」
「そしたら、何を渋っているのですか? 何か不安でもあるのですか?」
「いや、まあ、その」
「もしわたしのことを信用できないということであれば、わたしは逃げも隠れもしませんよ。なんならわたしの免許証をお見せしますので、情報をメモるか、コピーしていただいてもいいですよ。それで何かあったら訴えるなり、警察に通報するなり、公衆便所に書くなり、ヤクザでも出すなり、なんでもしてくださって結構です」。わたしは免許証を財布から出して、彼女の前に突き出す。
「うーん、なんとなくやっぱり宗教は……」
「すみません。申し上げにくいのですが、とても理解に苦しみます。宗教の何がいけないのですか?」
「いや、ほらやっぱり危ないというか。オウムとか」
「なるほど。ではわたしが所属している団体がオウムみたいである可能性があると思っているのですね。まあ、それは不安に思うのも仕方ありませんが、そこは、信用していただくしかないですね。ただ、わたしが逆に疑問に思うのは、あなたは本当にお子さんのことを大切に思っているのか、ということです」
「もちろん大切よ。さっきから言っているじゃない」
「だったらなぜ、お子さんも地震から守れる可能性がある仏法を、まずは試してみようと思わないのですか?」
「いや、それはだから」
「お子さんよりも大事なんですか?」
「何が?」彼女は、もう疲れたよ、という顔をしている。
この後もわたしは延々とお子さんのことを思っているのであれば、まずは試してみるべきだ、という論法で責め続けた。
しかしそれでも、彼女は首を立てに振らない。
3時間半ほど経ったところで、わたしは話を収束させるべく、さらに激しく、厳しく、彼女を叱るようにして、最後の話に移る。
今振り返ってみると、悲しいかな、全て善意に基づいて。
(第24話へと続く)
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当ストーリーはファウンダーであるShannonが実際に体験したノンフィクションです。そのため人名等は伏せています。記憶を頼りに書いていますので、万が一記憶違いなどがあった場合、すみやかに訂正します。Shannonは特定の宗教やカルトに現在属していませんし、信仰を勧めているわけでもありません。彼の体験をそのまま語ることが誰かの役に立てば、との思いで書いています。
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