カルト幹部体験記 第6話 試してみよう
- Shannon N. Smith
- 2017年8月11日
- 読了時間: 6分

(第1話はこちら)
「ふーん、なるほどね。宇宙には始まりも終わりもないと」。1999年春、Kとともに自宅のベランダにいるわたしは、たばこの尖端から立ち上る煙を見つめながらそう言った。
「そうなんだよね。これを仏法では無始無終っていうんだ。つまり始まりも無いし、終わりも無いってこと。宇宙は収縮膨張を繰り返しているんだ。ビックバンの前にも宇宙はあったし、今後もある程度まで膨張したらまた収縮して、またビッグバンするみたいな」。たばこをもみ消しながらKは言った。
「んじゃあ、宇宙がそうであるっていう原因は? ほら、さっき言ってたじゃん。たとえば一神教では宇宙は神が作ったっていうけど、『じゃあ神は誰が作った?』っていうと、『神は元々いる』みたいな話になって、そこで因果の鎖が断ち切れるって。ってことは一神教は因果の法則を無視しているから真理の教えたり得ないって。
でも宇宙が無始無終って言ったら、その段階で宇宙の存在そのものが因果の法則に則ってすらいない、つまり宇宙は原因なく存在しているということになるから、それは原因なく存在している神の存在と変わらないように感じるんだけど」。わたしはたばこをもみ消して、ベランダの大きな窓の前でスリッパを脱ぎ、自室に入る。Kも後に続く。
向かい合って床に胡座をかいた。Kは手にしていたジュースを一口飲む。
「いい質問だね。うんと、まあ、厳密に言うと、たしかに原因なく存在している何かがあるという前提に立たないと存在の説明はできないんだ。じゃないと、因果の無限後退が起こるからね。
まあ、んで、ここは何て説明すればいいかな。まあ、仏法では神のように存在が確認できない余計なものを立てないって言えばいいのかな。確認できる範囲で厳密に述べようとするっていうか」
「ああ、なんか見えてきたわ!」わたしは論理パズルが解けた瞬間の少年のように興奮しながら言った。「仏法はある意味、帰納法的な発想で宇宙について説明してるってことじゃない? ほら、自分たちは過去世も来世もあるって話のときにKが言ってた『12因縁』。つまり現世というのは過去世の果であると同時に、来世の因でもあって、でもその視点に立って生命を論じるとそもそも始まりも終わりも見いだせない、つまり生命も無始無終ってことになるよね。ってことは、その生命の存在を可能たらしめているこの宇宙も同じであると」
「そうそう! そんな感じ!」Kも興奮しているようだった。「いやあ、シャノンは話しが早いな」
「単純にこういったことについて考えるのが、好きなだけだけどね。まあ、今まで自分は一神教の教えしか深く掘り下げたことがなかったから、もの凄く新鮮っていうのもあるし。あっ、でも信じるかどうかは別だけどね。くどいようだけど」
Kは大笑いした。
後から聞いたのだが、数年前のKであれば、わたしの興味に合わせて純粋に宗教の教義的な話で盛り上がったり、それとは関係なしにただゲームをして遊んだりすることはできなかっただろう、と。
それはK自身が当時、顕正会での活動が伸び悩んでいた時期でもあったらしく、何とか会の信者数を伸ばすための「人材」を発掘したかったそうだ。そこでわたしに的を絞りつつ、わたしと会っていないところでは、月々の「誓願」と称する勧誘ノルマを達成するために血の滲むような努力をしていた。
今でも思う。Kが影で行っていた努力と、わたしも後で味わうことになるが幹部として背負っていたプレッシャーを思うと、それを全くわたしに覚らせなかったこと事態がすごいと。こんなの20歳そこそこの人間に簡単にできることじゃない。
わたしはKとただ遊んでいるだけだったが、Kはわたしのことを「指導」していたのだ。
――1999年夏の終わり
「んじゃさ、ねえ。仏法が唯一正しいっていう、動かない証拠って何? 一つに絞るとしたら」。いつもどおりうちに遊びに来ていたKに、わたしは聞いた。
「前にも話したと思うけど、臨終の相だね。この仏法をやっている人は死ぬ時に成仏の相を現ずる。これが絶対に動かない証拠だよ」
「ああ、死後に成仏していると遺体が死後硬直しないで、肌が透き通るような白色で、唇が赤くて、目と口が半開きで、持つと軽いと。んで、逆に地獄に堕ちている場合は、死後硬直して、皮膚が黒くなってとかってやつね。
うーん、たしかに、それは今回、生まれて初めて聞いた。もしそれが本当だとしたら、たしかに目に見える傍証だよね……」
「うん。だから自分もそうだし顕正会員は命がけで仏法を信じられるんだ。そして、これを個人として保つと、必ず現当二世(現世と死後)に渡って幸福になって、国家として保つと、国は安泰になる。でも背き続けると個人は現当二世に渡って不幸になり、国はいずれ亡びる、っていうことなんだよね。遠くは鎌倉時代の日蓮大聖人様の御化導、竜ノ口法難や二度の蒙古襲来の予言的中、近くは自分らの体験もこの仏法が正しいことを証明している。仏法は証拠をもって論ずるから。絶対なんだ」。Kは一点の曇もない確信を込めて言う。
もうこの段階でわたしはKに教義的な疑問はすべてぶつけていて、最後に、この教えが本物かどうかは自ら実験的に試してみる以外ない、という状態まで来ていた。が、これといったきっかけもなく、いま一歩まえに進めないでいた。
数時間後、帰る支度をしているKに対して言った。
「そういえば、まだフラッシュバックが続いていて、夜も眠りにくい日が多いから、精神病院にでも行って睡眠薬もらってこよっかなって思ってるんだ」
「おお、そうなんだ。んじゃさ、その薬が効かなかったら、試してみようよ。朝晩の勤行」
「なるほど。それは面白いかもね。いいよ。もし効かなかったら、やるよ」
翌日、わたしは清瀬市にある精神病院に行った。
そこで、医者にわたしが過去覚せい剤を常用していたことを見抜かれる。
「いやあ、これは睡眠薬は出せないな。君は乱用する危険性がある。代わりにこっちを出すよ。フラッシュバックも抑えてくれるはずだよ」。鼻の真ん中あたりにかかっている老眼鏡を医者は指で触るとそう言い、何か紙に書いた。
わたしは納得できなかったが、仕方なく、処方された薬を受け取って家路についた。
薬を飲むかどうか迷ったが、わたしは意を決して飲んでみることにした。
はじめは何ともなかった。が、しばらくしてトイレに用を足そうと入ったら、白っぽいピンク色のはずのトイレの壁がすべて黄色くなっていた。おいおい、これ幻覚じゃねぇかよ、なんでフラッシュバックを抑えるはずの薬でこんなことになるんだよ、と頭の中で言った。
すると、強烈な耳鳴りとともに、幻聴も聞こえ始めた。
視界が歪み、発狂しそうになるのを抑えながらトイレから出て、自室のベッドに横たわった。
しばらくすると少し落ち着いてきたので、一階の玄関先にたばこを吸おうと出た。
「あっ」と思わず口にした。「薬が効かなかったらおれ『勤行』試すって言ったんだった。そういえば」
たばこを消して、家の中に入る。思い切ってKに電話した。
「はい」。Kが電話に出た。
「おお、俺。シャノンだよ。薬、効かなかったよ。忘れちったからやり方教えて。勤行の」
「おお、待ってたよ」
(第7話へと続く)
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当ストーリーはファウンダーであるShannonが実際に体験したノンフィクションです。そのため人名等は伏せています。記憶を頼りに書いていますので、万が一記憶違いなどがあった場合、すみやかに訂正します。Shannonは特定の宗教やカルトに現在属していませんし、信仰を勧めているわけでもありません。彼の体験をそのまま語ることが誰かの役に立てば、との思いで書いています。
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