カルト幹部体験記 第5話 断薬、そして仲直り
- Shannon N. Smith
- 2017年8月4日
- 読了時間: 6分

(第1話はこちら)
弟がKに強引な勧誘を受けていらい、わたしはKのことが嫌いになった。そして彼からもらった冊子「日蓮大聖人に帰依しなければ日本は必ず亡ぶ」も処分した。
これはもう理屈なんかじゃない。
その後まもなく、わたしにとって人生最大の転機の一つが訪れる。
覚せい剤をやめることにしたのだ。
本当に精神がおかしくなると同時に、肉体的にも死を意識せざるを得ない状態にまで追い込まれていたのだ。
自室の壁の中には「魔王」と名乗る存在が大勢の「下僕」とともにいつの間にか住み着いていて、毎日のように話しかけてくる。そして脅そうとしているのか、定期的に壁が真っ赤な血で染められる。
日本にいないはずの友人が部屋の中に突然あらわれては、嘲笑してくる。
夜中に外を歩いていると、前の方から生首が飛びかかってくることもしょっちゅうだった。
車のバックミラーを覗くと、無数の「スティック人間」が追いかけてくる。
自宅は盗聴されていて、私服警官にマークされているように感じた。
ファミレスに入ればみんなジロジロ見てきて、わたしの悪口を言っている声が聞こえてくる。
人と話していると、相手の考えが頭の中に聞こえてきたり、宇宙人が頭の中にメッセージを送ってきたりする。
金縛り、幽体離脱……。
挙句の果てには、恐怖のあまりベランダに出ることすらできなくなった。隣人がわたしに対して良からぬことを企んでいるように感じるのだ。
世界への怒りと精神が壊れていくのに耐え切れず、自ら命を絶とうとしたが、失敗した。
呼吸困難で病院に担ぎ込まれたり、ジストニアの症状が出たり、心臓の鼓動が不規則に激しくなり地震が来ているような錯覚に頻繁に陥ったりするようにもなった。
そしてある日。
ふざけるな・・・
そう頭の中に声が流れこんできた。
こんなとこで、こんな薬ごときでやられたら、それこそ負け犬だ! なめてんじゃねえ!
わたしは、怒り心頭で持っていた覚せい剤をトイレに流した。
が、数日後にはまた覚せい剤を購入し、やった。覚せい剤なしでは、幸福や安心を感じられなくなっていたのだ。しかし、薬が切れると、また地獄のような状態にあっという間に逆戻りした。
しばらくは、やめようと捨てては買う、ということを繰り返していたが、ある日ようやく本当に最後の日がやってきた。
その日も覚せい剤をキメていた。すると、とつぜん理屈抜きに言葉で表現できないほどの今までに味わったことのない恐怖に襲われ、気がついたら残っていた薬を握りしめ、外に飛び出していた。
そして数百メートル離れたところにあったゴミ箱に薬を投げ込むと、恐怖に震えたままの声で息を切らしながら、わたしは言った。「ありがとう。おかげで学ぶべきことを学べたよ」
1998年の暮れ、20歳の誕生日の少し前だった。
以来、本日にいたるまで、覚せい剤を含め、一切の違法薬物には手を出していない。
しかし、その後すべてが順調に行くかと思ったら、甘かった。
まず始めの一ヶ月ほど。毎晩のように夜中、叫びながら目を覚まし、幻覚・幻聴に襲われるようになった。それがあまりにきつかったため、非合法は脱したとはいえ、一時的にアルコール依存症のような状態になった。天井が回るほどに泥酔するまで飲んでから倒れるように寝床につくようになった。できるだけ感覚を鈍化させたかったのだ。
日中もちょっとしたストレスからすぐに「フラッシュバック(薬物をやっていないのにやっていたときと同じ状態になる)」するようになり、なんども気が狂って暴発寸前の状態になった。
幸いなことに最初の一ヶ月ほどを乗り越えたら、夜中に叫びながら目を覚ます回数は激減した。しかし、恐ろしいことに日中の「フラッシュバック」は未だに健在だった。
その頃、わたしは本来であればハイスクールを退学になっていた所を校長の計らいによって卒業させていただいていたおかげと、父と母の強引とも言える愛情の結果により、大学生にはなっていた。だが、授業など到底出られる状態ではなかったので、休学していた。
社会復帰の一環として、アルバイトを始めた。が、これが思いの外きつくて、長くは続かなかった。というのも、アルバイト中にフラッシュバックしてしまうのだった。何よりもきつかったのは、フラッシュバックの辛さは体験したことのある人間にしかなかなか理解しにくく、気が狂いそうになっていることを周りに打ち明けることができなかったことだ。
それはそうだ。「すみません、覚せい剤のフラッシュバックがキツイので早退してもいいすか?」なんて言えたもんじゃない。仮病使って休めばいいじゃん、と思われる方もいるかもしれないが、そんなこと考えている余裕はない。
また、なんでお医者さんに助けてもらわなかったの、と思われる方もいるかもしれない。理由を一言で表現すると「信用できない」と思ったからだ。また、格好悪くてそんなことできるか、とも思った。皮肉にも、後にわたしがカルト信仰を始める重要なカギとなるのだが。
そうこうしていた1999年の初頭、Kにばったり遭遇した。話しかけてきたので、その場で殴りたい気持ちを抑え、弟を強引に勧誘したことを責めた。
すると、Kは以外にもあっさりと謝ってきた。「ごめん。あの日は熱くなっちゃって。夜まで弟を引っ張って申し訳なかった。俺もそれだけこの仏法を真剣に実践しているんだ」
謝っている相手を責められないわたしは「なんだ。まあ、いいよ。もう」と言うと、少しフラッシュバックし始めた。何とか冷静さを保って言った。「おれ最近シャブやめて、フラッシュバックが結構キツイんだ」。本当は“結構キツイ”なんてもんじゃない。“死ぬほどキツイ”。でもあいかわずわたしは強がった。
「マジで!? やめたの!? よかったじゃん! でも大丈夫? フラッシュバックってかなりキツいって聞くけど」
「うん、まあ、まあ。うん、キツイよ。それは。んで、どうよ、最近?」
「まあ、楽しくやってるよ。そういえば、俺がむかし送った冊子って届いてた?」
「ああ、あれちょっと読んだけど、捨てたよ」
「そっか。ねえ、今度ふつうに遊びに行っていい? 弟もいたら謝りたいし」
「んっ、いいよ」どうもわたしは一度親友と呼んだ人間を心底から嫌いになれない性格なのかもしれない。Kとはたくさんの思い出がある仲だからなおさらだ。
その日いらい、Kはちょくちょく家にあそびに来るようになった。最初の一、二ヶ月は宗教の話しもほとんどなく、うちに来てはゲームを一緒にやって、ゲラゲラ笑って、楽しく遊んだ。
まさに、元々そうであったように「親友」のような感じで、お互いにいろいろなことを気楽に言い合うようになると、徐々に彼の宗教の話にもまた耳を傾けるようになっていった。
(第6話へと続く)
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当ストーリーはファウンダーであるShannonが実際に体験したノンフィクションです。そのため人名等は伏せています。記憶を頼りに書いていますので、万が一記憶違いなどがあった場合、すみやかに訂正します。Shannonは特定の宗教やカルトに現在属していませんし、信仰を勧めているわけでもありません。彼の体験をそのまま語ることが誰かの役に立てば、との思いで書いています。
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