カルト幹部体験記 第2話 入信
- Shannon N. Smith
- 2017年7月14日
- 読了時間: 6分

(第1話はこちら)
車に乗り込むと、Aさんが声をかけてきた。「たぶんここから30分くらいで着くと思うよ」
「どのへんまで行くんすか?」
「航空公園って知ってる?」
「ああ、あの飛行機があるところですよね」
「そうそう。その近くだよ」
ふーん、と思いながら、わたしは窓の外を眺めた。公民館を発つと、すぐに小金井街道に出て、所沢方面へ向かった。道中、何か世間話をした記憶はあるが、細かい内容まではやはり覚えていない。
航空公園駅前から伸びる道と小金井街道が交わるT字路付近で右折し、細い裏道へと入っていった。少し進むと、あたりがすでに暗くなっていることに気づいた。
「あっ、シャノン君。そういえばいまお守りとか十字架とかって持ってたりする?」そろそろ目的地が近づいてきたようで、Aさんが言った。
「いえ、持ってませんが。持ってたらまずいんですか?」
「うん。これから御本尊様にシャノン君を紹介するんだけど、その際に他宗教関連のものを持っていたらまずいんだよね」
御本尊様? なんだろう、と思うと同時に、なんで他宗教関連のものを持ってたらまずいんだろう? という疑問がわいた。が、ここで聞いたら話が長くなりそうだったので、とりあえずスルーした。
間もなく、Aさんは小さな民家の前にある空き地に車を駐めた。空き地の横には、林があった。わたしは車の外に出て、林の空気を肺いっぱい吸うと、「いっぷくしてからでいいすか」と言い、たばこに火をつけた。自然の中で吸うたばこはうまい。
たばこの火を消すと、Aさんが頃合いを見計らったかのように言った。「じゃ、中に入ろっか」
ドアベルを鳴らすと、中から人の良さそうなおばあちゃんが、満面の笑みでわたしたちを迎え入れる。「いやあ、遠いところをようこそ。さあ、中へどうぞ」
わたしはおばあちゃんに導かれるまま、玄関で靴を脱いであがり、廊下をすすんだ。
「こちらです」。おばあちゃんがふすまの前でとまった。
「ありがとうございます」。Aさんがおばあちゃんにお礼を言うと、おばあちゃんは廊下の奥へと消えていった。「ここが仏間だよ。今からふすまを開けたら右手に仏壇があるから、仏壇に向かって一礼してから中に入ってね」
「あっ、はい」。わたしはよくわからないまま、とりあえず言われたとおり、ふすまが開くと同時に右手に見えた仏壇に一礼して、AさんとKについて中に入る。
部屋は畳敷きの和室で4畳半ほどの大きさだった。部屋の中央には段差があり、その上に高さ1メートル半ほどの木製の仏壇がある。仏壇の前には「経机」があり、そのすぐ右には「リン」が設置されていた。経机の上には、右奥に「ローソク立て」、その手前に「リン棒」、中央に「香炉」、左奥に「おしきみ」と呼ばれる深緑色の葉っぱに覆われた香木の枝が入れられた「しきみ入れ」が置かれていた。経机のすぐ手前に、「導師」用の座布団が一つ。そしてそのすぐ後ろに座布団が二つ横並びに置かれていた。
「じゃあ、シャノン、ここに座って」。Kは仏壇に向かって左後ろに置かれている座布団のほうを手で示した。「あっ、正座でね」
正座が大の苦手であるわたしは、うわっまじで、と思いつつも「OK」と強がってみせた。
「今から御本尊様にシャノンのことを紹介するから、自宅の住所と電話番号、あと生年月日おしえて」。Kは言う。
「んっ、うん」。なんで紹介するのに住所と電話番号なんだ、と内心思いつつもKにそれらを伝えると、KはメモをしてAさんに渡した。
「んで、これがシャノンの数珠とお経本ね」。Kはわたしに黒い数珠とお経本を渡してきた。一つ一つの球がプラスチック素材で、触り心地のいい数珠だった。小さな球が無数に並ぶ中、ちょうど向かい合う形で大きな球が二つある。それぞれの大きな球の先には房が垂れ下がっていて、一方には二本、もう一方には三本あった。
Kはわたしに、房が二本ある大きな球を左手中指にかけて、数珠を手前に半回転ひねって房が三本ある方を右手中指にかけるよう、教えてくれた。この状態で手を合わせるのだと。
お経本の表紙に目を落とすと、「冨士大石寺 勤行要典」とあり、その文字のすぐ上に「鶴の丸」の紋章がある。開いてみると、ずら~っと漢字ばかりがならんでいる。読み仮名がふってあるのが見えて、ほっとした。
「んじゃ、今からやり方を説明するね」とKは言い、彼らが朝晩実践する「勤行」について説明してくれた。ざっくりと何をやるかというと、正座で、まずは仏壇の御本尊を見ながら(自宅などで目の前に御本尊がない場合は富士山の方角を向きながら)、三回お題目を唱え、読経し、さらにお題目を繰り返し5分以上唱え、御観念文を読み、お題目三唱して終わる。時間にして、短いバージョンだとだいたい20分くらい。長いバージョンだと30分くらい。きょうははじめてだから、短いバージョンをやるとのことだった。
Kの説明が終わったのを見計らって、Aさんが「少し頭を下げてて」と言うと、経机の上にあるおしきみの葉っぱを一つちぎり口にくわえ、仏壇の扉を開いた。中に何があるのか気になって、ちら見をしたら、扉の中にさらに扉が見えた。おお無限トビラかよ、と思っていると、中にあった「お厨子」と呼ばれる扉をAさんが開いた。御本尊がかかっていた。生まれてはじめて見るタイプの御本尊なのに、なぜか少し懐かしい気持ちが湧き、わたしはしばらく見とれた。
Aさんは小声で何か言いながら、数珠をしゅりしゅりと揉む。
「はじめるから、とりあえず真似をして」。Kはそう言うと、手を合わせて頭を下げた。
Aさんが「なんみょー・・・」と、さっきまで話していたAさんと同一人物であるとはとても信じられないような――お坊さんみたいな――声を出して言うと、Kは頭を上げて「ほー・・・」と唱和した。
Kも声がまるでお坊さんだ。思わず吹き出しそうになった。が、あまりにも二人が真剣だし、誰ともこの吹き出したい気持ちを共有できないことから、仕方なく、わたしも小さな声で唱和してみた。
25分くらいかけてはじめての「勤行」が終わると、Aさんが紙をどこからか取り出し、読み始めた。「あなたは本日、末法の御本仏・・・」云々。何を言っているのか全然わからないが、二人はいままでにも増して真剣な表情をしている。
3分くらいで読み終わると、Aさんが言った。「はい、これで終わりです」
「どうだった?」Kがわたしに聞いてきた。
「うーん、まあ、足ヤバイよね・・・」。それはそうだ。立つどころではなかった。
その後まもなく帰路につき、夜の9時くらいに家についた。
実はその日にわたしは入信していた、ということを知ったのは、それから2年ほど経ってからだった。わたしの住所、電話番号、生年月日は「入信報告書」に記入するためのもので、この日に行ったのは「入信勤行」だったのだ。
(第3話へと続く)
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当ストーリーはファウンダーであるShannonが実際に体験したノンフィクションです。そのため人名等は伏せています。記憶を頼りに書いていますので、万が一記憶違いなどがあった場合、すみやかに訂正します。Shannonは特定の宗教やカルトに現在属していませんし、信仰を勧めているわけでもありません。彼の体験をそのまま語ることが誰かの役に立てば、との思いで書いています。
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